オリンピック・ムーブメント

2011/10/03

カテゴリー:
  • Olympic Movement

第11回オリンピック・コングレス(バーデンバーデン)30周年記念式典開催

国際オリンピック委員会(IOC)は9月28日、ドイツのバーデンバーデンで開催された第11回オリンピック・コングレス30周年記念式典を行いました。

オリンピック・コングレスとは、10数年に一度、IOC、国際競技連盟(IF)、各国オリンピック委員会(NOC)、国連等関係機関、メディアなどが一堂に会し、今後のオリンピック・ムーブメントの方針について議論する非常に重要な会議です。1981年に開催された第11回オリンピック・コングレスでは、アスリート委員会の創設を含む、現在のオリンピック・ムーブメントの方向性を基礎づける多くの決定がなされました。

バーデンバーデン・コングレスが開催された1981年は、多くの西側諸国がボイコットをした1980年モスクワ・オリンピックと、逆に東側諸国がボイコットをした1984年のロサンゼルス・オリンピックの狭間の期間であり、この当時オリンピック大会の社会的信用が危機的状況にあったといえます。また、当時のオリンピック・ムーブメントの財政状況は非常に弱く、アスリートにはスポーツ界のガバナンスに対して発言する場がありませんでした。そのため大掛かりな改革が求められていたのは明らかだったと言えます。

28日の式典においてスピーチをしたIOCのロゲ会長は次のように述べました。「いろいろな意味で、バーデンバーデンにおける5日間のコングレスは現代のオリンピック・ムーブメントの先導役を果たしたと言える。1981年コングレスは革命、即ちサマランチ革命の幕開けであった。フアン・アントニオ・サマランチは1980年のモスクワ・オリンピックにおいてIOC会長に就任したが、バーデンバーデンが彼にとって最初にリーダーシップを発揮した場であったと言える。」

その後のオリンピック・ムーブメントの方向性を変更した多くの決定の中で、IOCアスリート委員会を創設したこと以上に重要なものはないでしょう。現IOC副会長のトーマス・バッハと2012ロンドン・オリンピック・パラリンピック組織委員会委員長のセバスチャン・コーは、81年当時まだ若いオリンピアンにすぎなかった二人ですが、20人以上のアスリートを率い、バーデンバーデンでアスリート委員会創設の必要性を訴えたのでした。

アスリート委員会はコングレスの1月後に創設されました。アスリートがいるべき場所、即ちオリンピック・ムーブメントの中心にその居場所を確保したことを意味します。現在IOC内の全ての委員会、ワーキンググループにアスリート委員会のメンバーが必ず所属するようになっています。これは、オリンピック大会の開催都市の決定及びその開催準備、オリンピック競技プログラムの選定といった重要事項も含む、全ての意思決定にアスリートの意見を反映させようという姿勢に他なりません。

81年コングレスはまた、オリンピック大会におけるアマチュア規定の撤廃ももたらしました。ドーピングがスポーツの価値を脅かす最たる脅威の一つであると認定し、あらゆる差別に対するオリンピック・ムーブメントの厳しい姿勢を確認しました(その結果、最初の女性IOC委員が選出されることになります)。同じ年に開催されていた夏と冬のオリンピック大会をサイクルをずらして開催することも決められました(これにより、オリンピック・ムーブメント全体の収益増加と冬季オリンピックにより大きな注目が集ることになりました)。

ちょうど2年前の2009年10月に行われた第13回オリンピック・コングレス(コペンハーゲン)では、初めて国連事務総長がスピーチを行う等、IOCと国連の連携強化を印象づけるものでしたが、こういった方向性も既に1981年コングレスにて提案されていました。

Baden-Baden: The birth of the Olympic Movement’s modern era (IOC)
DOSB feierte 30 Jahre Olympischer Kongress in Baden-Baden (DSOB)
ロゲ会長のスピーチ全文(英語)
アスリート委員会について

(News Release: 2011/09/28)

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